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性格を作るものって、性格に作用するものってなんだろう?血液型・男性脳女性脳・根拠のないものに左右される私たち【コトバアソビ】

なんとなくTwitterを見ていたら、こんな記事に出会いました。

今私はウェルスダイナミクスという考え方にはまっています。
これは人の気質・価値の置きどころから思考の流れを分類するもの。

私が仕事で常々考えていたことの表現ツールとしてとても相性が良く、授業として用意されている講座は一気に終わらせてしまいましたが、これは人間についての考え方。
どんなに学んでも、学びの終わりはありません。

自分と他人がいかに違うか。
その違いがどれだけ価値なのかということを考えるにあたって、感覚的に話しがちな私にはとても考えやすいツールなのです。

ウェルスダイナミクスでは基本的にプロファイルは生まれた時から変わらないということになっています。
そしてウェルス以外の診断ツールでもこの手の話はよく聞きます。

これらの診断は自分で問いに回答していきます。
無意識に外圧に縛られまくっている(思い込みが強い)時には、心から感じていることを回答していない可能性はあります。
その場合は本人の本来の特性とはかけ離れた結果が出ることもないとはいえません。

ということは、『本人の本来の特性』は『生まれた時から変わらない』は一旦信じるとして、
(三つ子の魂百までという。本質は変わらないのは心から同意)

その後の性格はどうやってできていくのだろうか、ということに最近興味があるのです。

血液型占い・男脳女脳の不思議

日本では大人気の血液型占いというものがあります。

「あなた何型?」と血液型話を振ってくる人に、B型の人が多い気がするのは気のせいでしょうか?
A型の人から血液型の話を振られた経験が、私はあまりありません。

これが私には常々不思議だったんです。

私の実家の家族は4人全員血液型がバラバラだったこともあり、この『血液型で性格が決まる』というのがあまりよくわからなかったんです。
(ちなみに聞いてくる人にB型が多いことに気づいたのは、新規で会う人が多かった大学生時代)

そして大人になって軽いタッチの本や記事を読んでいると、どうも右脳左脳、男性脳女性脳の話をよく目にする。
これも体からの性格の分類。

でもこの分類もしっかりした根拠がないという記事もちらほら目に。
そして今回の冒頭の記事に出会ったんです。

あれ?やっぱり『血液型で性格が決まる』は確定なことではないんですよね?

でも不思議。
どうしてこんなに納得している人が多いの???

B型は血液型占いにて『個性』に許可を得た

なぜB型の人は血液型の話をしたがるのでしょう。

それは自分ではない他者、血液型占いに関しては社会から『B型は個性的である』と許可を得ているからではないでしょうか。
自分の自由な感性を保証されている気がするのではないでしょうか。

「私、B型だから好き嫌い激しいんだよねー」
「B型だから飽きっぽくて」

そんな話を耳にしたことありません?

私はO型ですが、好き嫌いは激しい(嫌いは一気に『興味ない』に移動しちゃうけど)し、飽きっぽいです。
そもそもB型にはBBとBOがあるけど、その分類には触れられない。
(O型はなのでOOのみ)

そもそも血液型とは赤血球の表面にある抗原で決まるもの。
それが気質に関わってくるとは、どう考えても思えません。

それでもなんとなく、B型→個性的・自由と同じくらいの印象で、A型の人には几帳面な人が多い気がするのはなぜなんでしょう?

それはB型が『個性的』に許可を得ていることと同じインパクトで、「A型だから几帳面なんだね」と言われる機会が多かったからではないでしょうか。

性格、いや行動基準は、かけられた言葉や貼られたレッテルで出来上がっていくのではないでしょうか。

男性は一生働くもの、女性は・・・どうなるの?

男性女性の違いについて、男性脳女性脳で語られるものをよく見かけます。
確かにそれで多くのことは片付きそうだという印象も、私も持っています。
でも印象と、実際にそうなのかは別の話。

でも、脳の問題ではないとしたらなんでなんでしょう?

現在仮説として持っているのは、ただの社会の風習による学びの結果ではないか?というもの。

きっと男の子は生まれた時点、家族全員が『将来働く人になるもの』として育てます。
「働きたくないでござる」的な思いがある人もいるとは思いますが、多くの場合『働く人になる』であろう未来に疑いを持つ人はいないでしょう。

ところが、ここで女の子。
生まれた時点で家族の価値観でかなり変わりそうです。

特に我々昭和生まれは、母が主に家を、父が外で働く家庭が多い世代。
最近だと主夫な方も増えていますが、男女雇用機会均等法の試行が1986年。
それ以前だとかなり踏ん張らないと、女性が家を支えるのは難しかったのではないでしょうか。

いけない。話が逸れそう。戻します。

要は女性は生まれた時点での置かれている状況と、育っている最中での社会の変化で、自分の人生にびっくりするほどの選択肢が増えてきているのです。
準備なんてできません。
だってどの未来に自分が向かうのか、全くわかりません。

結婚するのかしないのか。
子供が生まれるのか生まれないのか。
働くか働けないのか。

男性脳女性脳の文脈では、男性はシングルタスクで女性はマルチタスクと言われることが多いですが、
これが脳の違いの問題ではないのならば、私は注意を向けた未来の選択肢の量による思考の筋トレの成果ではないだろうか、と考えます。

念のため。
私のこの仮説類はなんの学術的根拠もなく、ただの妄想の成果だということをお忘れなく。
私は医学も心理学も修めていません。
信じないでくださいね。あくまで仮説です。

こういうことを延々と考えるのが好きなんです。
そういえば以前、電気つけるつけないでこんなことを考えていたことも。

電気は消すものかつけるものか問題 人の話を聞くのが大好きです。 本から仕入れられる情報は自分の理解の仕方に左右されるので、生身の人間の話、思い、信念を聞くのが大好き...

人はつけられたラベルの性格になっていく

性格は変化します。
そしてそれを成長というのでしょう。

ラベルに善悪はないのですが、貼りたいラベルを貼った人はいい成長をし、貼りたくないラベルを貼った人は進むのがちょっと苦しい。

コーチングに時々「自分を変えたい」という方がいらっしゃいます。

そんな方と私が何をやっているかというと、

クライアントさんが自分に思い込んでいる『ラベル』を把握します。
その『ラベル』を剥がしたいか剥がしたくないかを確認。

そしてそこに向き合う、剥がしたい!と決めた時からラベル大剥がし大会が始まります。
これが本当に大変!

何年もかけてペットリと貼り付けてきた『ラベル』です。
剥がすのも大変!

コーチングに来て、1発でパーッと世界が変わることを望む人が結構多いですが、これが私が「1回じゃ意味ないですよ」という理由です。
ベットベトなんです。

1発ではがせる勇気や器用さがあるなら、そもそもコーチの手はいりません。
しかし今回のブログにおいてはその勇気とか器用さとかの話には触れません。(これ以上長くなるのはいかん)

その『ラベル』の作り方。
『ラベル』の影響の仕方。

なんかそれが腑に落ちて来た気がします。

さいごに

この手のこと、実はずーっと悶々と考えているのですが、何をどう調べたら情報に出会えるのかわからない・・・。
ここまで書いてきたのはほとんど私の実感からくる妄想です。

私の野望に『大学行き直し』というのがあるのですが、こういった自分の仕事の分野をもうちょっとちゃんと勉強したいなぁ。
オススメの本などある方は、是非教えてください!

そして・・・長々とした私の妄想にお付き合い、感謝です。

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